新設:2018-07-01
更新:2022-11-13
沿革
撮影:2018-03-31
東門前木橋上から(模擬)御三階櫓
木橋上から東門
所在地
埼玉県行田市本丸17-23
案内板
忍城の由来
忍城(おしじょう)は、文明10年(1478)頃、成田顕泰(あきやす)により築城された「守り易く攻めにくい」難攻不落の名城であったと伝えられている。
天正18年(1590)豊臣秀吉の関東平定の中で戦われた石田三成による忍城水攻めにも耐え、この城は水に浮くのかと恐れられ「忍の浮城(うきしろ)」とも称されたという。
寛永16年(1639) 時の老中 阿部忠秋が入城し、忍城大改築に着手、孫の正武(まさたけ)の代にいたり、忍城御三階櫓の建設、城門、土塀の修築などが完成し、面目を一新したという。
文政6年(1823) 伊勢の桑名から松平忠堯(ただたか)が移封し、松平忠誠(ただざね)のとき、明治維新を迎えた。
市では、維新後とりこわされていた城郭の面影を再建し、永く後世に伝えることになった。
平成3年3月
行田市
補足
コンクリート製で復元した御三階櫓の内部は、行田市郷土博物館の展示場の一部となっていて、渡り廊下経由で行くことができる。博物館は忍城と足袋を詳しく展示・説明し、展示内容の図録も販売している。「足袋蔵のまち行田」が日本遺産に認定されたという。
参考Webサイト
忍諏訪神社 本サイト内のページ