新設:2018-07-01
更新:2022-11-13
縁起・沿革
鳳来寺本堂に掛かる扁額
鳳来寺本堂
本堂前方の眺め
元三大師堂跡
(東照宮参道階段下辺り)
撮影:2018-04-12
名 称
真言宗五智教団 煙巌山鳳来寺
所在地
愛知県新城市門谷字鳳来寺1
開 創
伝 大宝2年(702)(飛鳥時代末期)
開 基
伝 利修仙人(文武帝の勅願により)
本 尊
薬師如来(伝 利修仙人作)
案内板 (新城市教育委員会案内板)
国指定文化財 名勝及び天然記念物 鳳来寺山
[指 定] 昭和6年7月31日
[所在地] 新城市門谷字鳳来寺 地内
[員 数] 1,257,663㎡
[説 明]
鳳来寺山の標高は695mで、麓からの比高差は約475mあります。また、鳳来寺本堂は標高450mの地点に所在し、山麓から延びる1,425段の石段は全国有数の規模を有しています。
鳳来寺山は、今から約1,400万年前に起こった火山噴火とその後の浸食作用によって今の山の形となりました。そのため、ここの地質は火山活動によって溶けて冷え固まった岩石や火山灰で成り立っていることに特徴があります。また、鏡岩に代表される切り立った岩壁などの特異な景観は神秘的なものとして古くから人々を惹きつけ、大宝3年(703)に鳳来寺がこの山に開かれました。平安時代になるとここは、仏教の教えを会得したい人々(主に修験者)にとっての聖地となり、その中で真言宗や天台宗の2つの信仰が特に学ばれました。
さらに、鳳来寺本尊の薬師如来へ病気の平癒や災除などを願って、中世や近世では武士や多くの一般の人々もこの地を信仰するようになり、鳳来寺は江戸時代に最盛期を迎えました。
数々の歴史や文化が生まれた鳳来寺山は、山の入口などに設置された殺生禁断の石碑から分かるように、動植物などの自然豊かな山でもあったことから、昭和44年1月10日に天竜・奥三河国定公園の指定も受けています。
新城市教育委員会
案内板 (新城市教育委員会案内板)
歴史 徳川家康
家康の父・松平広忠と母・於大の方が、男子の子授かり祈願を鳳来寺で行ったところ、家康が生まれたと言われています。家康の誕生の際には、鳳来寺の本尊・薬師如来を守護する十二神将のひとりで寅を司る真達羅大将像(寅童子)が忽然と消え、家康薨去後に元の場所に戻っていたと伝えられ、家康は寅童子の生まれ変わりだと言われました。また、家康出生にあやかるべく、春日局は、3代将軍徳川家光のため、寛永17年(1640)8月15日に鳳来寺に参詣し、翌年に家綱公が誕生しています。
新城市教育委員会
参考Webサイトほか
鳳来寺 ウィキベディア
歴史人物等の彫像 新城市サイト
全国寺院名鑑(中部編)
楼門(仁王門)
撮影:2018-04-12
楼門(仁王門)
仁王門を見上げる
所在地
愛知県新城市門谷字鳳来寺
案内板 (新城市教育委員会案内板)
[国指定重要文化財]
建造物 鳳来寺仁王門
昭和28年11月14日指定
構造
3間1戸桜門 入母屋造銅板葺(元檜皮葺)
桁行:初重7.2m 二重6.6m
梁間:初重4.2m 二重3.6m
棟高:11.2m
[新城市指定重要文化財]
彫刻 仁王像
平成元年2月28日指定
構造
檜材寄木造 玉眼嵌入
像高:(阿形)3.01m (吽形)3.03m
裾張:(阿形)1.29m (吽形)1.31m
[所在地]
愛知県新城市門谷字鳳来寺
[由 来]
この門は、両脇の仁王像や鳳来山東照宮とともに、徳川3代将軍家光の命により、慶安3年(1650)に着工され翌年4代将軍家綱の時に完成した。2階には勾欄がめぐらされ、蟇股前面は竹に猛虎、裏面は牡丹に唐獅子が彫刻されている。なお、仁王門正面の「鳳来寺」の額は、光明皇后が書かれたものが掛けられていたといい伝えられている。
仁王像は、江戸時代のものであるが、造形的な崩れもなく、堂々とした作風で力強さが感じられる。作者は、江戸や鎌倉の関東地方で活躍した法橋雲海である。
新城市教育委員会
参考Webサイト
鳳来寺仁王門 新城市サイト
徳川家康像
撮影:2018-04-12
徳川家康像
所在地
愛知県新城市門谷 (バス停「鳳来寺」から鳳来寺山登山口までの門谷表参道右脇)
案内脇碑
徳川家康
徳川家康は、1542(天文11)年12月26日の、寅年寅の日の寅の刻に、岡崎城で生まれました。
思議なことに、家康が生まれたとき、鳳来寺のご本尊である薬師如来を守っている十二神将のうち、真達羅大将(しんだらたいしょう)がどこかへ消えてしまいました。十二神将はそれぞれ決まった方向と時刻を受け持って、お薬師様を守護しており、真達羅大将は寅の方向(東北東)と寅の刻(午前4時ごろ)を担当していて、寅童子とも言われているのです。
家康の父松平広忠と母於大の方は、天下を治めるような立派な男の子を授けてほしいと、鳳来寺のお薬師様に熱心に祈願していました。家康はその願いがかなって生まれた寅童子だったのです。家康の誕生とともに姿を消した寅童子は、家康の死とともに、どこからかもとの所に帰って来たと言われています。
家康と鳳来寺の関係を知った3代将軍家光が、鳳来寺山に東照宮を建てました。
下川昭宣・作 平成8年3月
参考Webサイト
歴史人物等の彫像 新城市サイト