新設:2018-07-01
更新:2022-11-13
沿革
撮影:2018-04-11
墓所
墓所
所在地
愛知県豊田市松平町 (松平郷在原山)
(高月院本堂左手奥から松平東照宮へ通じる道路の右側山手)
案内板 (豊田市教育委員会案内板)
松平郷々主 在原氏の墓所
松平氏の遠祖は、在原氏を称する公家で、康永年間(1342~1345)に都から三河医下り松平郷を開いたといわれています。
松平郷の住した初代は在原信盛といい、2代信重は弓馬と連歌に長け、家は栄え、富を蓄え、その名は三河一帯に広く聞こえたといわれています。
応永(13941428)の頃、諸国を流浪中の遊行僧、徳阿弥が信重のもとに入婿し、松平太郎左衛門親氏を名のって松平家発展の始祖となりました。
この地には、在原信盛、信重と親氏の室、水女(すいひめ)の墓所があり、在原山と呼ばれています。
豊田市教育委員会
補足
写真に写っている墓塔は、それぞれ次のとおり
[中央]は信盛
法名 栄盛院殿前亜相白法覚山大禅定門
延文五庚子年十月十五日亡
[右]は信重
法名 三峰院殿従五位下天外重林大禅定門
明徳三年壬申二月十八日亡
[左]は水女
法名 普門院殿信貞妙心禅定尼
應永三十三丙午年三月三十一日亡