新設:2018-07-01
更新:2022-11-13
縁起・沿革
撮影:2018-04-11
所在地(鎮座地)
愛知県岡崎市康生町630-1 (乙川の別称・菅生川畔)
案内板
菅生神社由緒
[御祭神]
天照皇大御神 (惣社神明宮)
豊受姫命 (菅生稲荷社)
建速須佐之男命 (菅生天王宮)
合殿御祭神 徳川家康公、菅原道真公
[御創建]
人皇12代景行天皇の御代(西暦100年) 日本武尊東国平定の為、当地御通過の砌、高岩にて矢を作り給い1矢を小川に吹き流し給う。其の後矢を御霊代と仰ぎ伊勢大神を鎮祭し吹矢大明神と称するに葆り岡崎最古の神社なり。其の後神亀2年(725)
稲荷大明神を勧請し同殿に合祀する。
永正14年(1517)7月洪水の節、額田郡宮崎郷より天王宮御流着あり。直に当神社に合祀の上菅生天王宮と称す。明治元年(1868) 菅生神社と改称する。
御祭神を欽仰すれば吹矢大明神を尊崇するに武門の神と仰ぎ、松平初代親氏の祈願を初め松平一族の崇敬篤く、社殿の造営修復等行われた。松平清康公大永3年(1523)御参籠ありて御神託を受けて岡崎城内に菅生稲荷大明神の御分霊を移し祀り開運稲荷大明神と号す。
永禄9年(1566)大神君家康公25才厄除開運の御祈願・社殿造営せられる等、崇敬篤く古来当神社は岡崎城内鎮守の守護神として、御代々の岡崎城主の祈願所となる。
[合殿]
東照宮 (徳川家康公)
第110代後光明天皇正保2年(1645)12月17日岡崎城主水野大監物忠善により徳川家康公を祀る
[合殿]
菅生天神社 (菅原道真公)
第91代伏見天皇正応2年(1289)河内国丹南郡菅生より、満性寺の開基了専上人により岡崎に菅生天神を祀る。
平成28年12月吉日
菅生神社
参考Webサイト
菅生神社サイト
明神型石鳥居
撮影:2018-04-11
所在地(鎮座地)
愛知県岡崎市康生町630-1
案内板 (岡崎市教育委員会案内板)
岡崎市指定文化財 菅生神社
建造物 明神型石鳥居 1基
寛永15年(1638)岡崎城主本多伊勢守忠利が菅生神社本殿を修復した際に寄進したもので、以後歴代岡崎城主の崇敬厚く幕末にいたる。明治34年(1901) 社地の遷座にともない、石鳥居も移転された。
総高271.0㎝、 柱間181.5㎝, 柱径22.5㎝で、材質は花崗岩(青石)である。笠木は1本通し、柱には左右それぞれに刻銘を入れる。台石は自然石の周りを残し、上部を4角に造り出している。
なお、柱表面の一部が剥離しているが、銘文は明確に読むことができる。
(左柱)「奉造立牛頭天王石之鳥居 /寛永十五戊寅年仲冬吉日良辰仰冀」
(右柱)「武明長興此柱礎斉堅固矣/従五位下本多伊勢守藤原忠利敬白」
平成2年3月22日指定
岡崎市教育委員会