新設:2018-07-01
更新:2022-11-13
縁起・沿革
撮影:2018-04-11
山門から本堂を望む本堂
本堂
寺標「寂光山 勝蔓寺」
所在地
愛知県岡崎市針崎町朱印地3
案内板
岡崎観光文化百選 勝蔓寺(しょうまんじ)
三河における最初の真宗道場として、1258年創建されました。当時は赤渋にありましたが、その後水害の難を避けるため現在地へ移りました
1563年、三河一向一揆の嵐が襲い、肉親や主従が敵味方に別れて戦いました。当寺には蜂屋半之丞らが立てこもり、数か月に渡って家康に抵抗しました。この戦いで討ち死にした渡辺高綱の墓があります。
案内板
岡崎市指定文化財 勝蔓寺
史跡 勝蔓寺境内地 5,889.51㎡
勝蔓寺は、いわゆる真宗三河3カ寺の1つ。永禄6年(1563)から翌年にかけておきた三河一向一揆の際、一揆方の拠点の1つとなった。蜂屋半之丞ら百余騎が境内に立てこもり、ここから小豆坂や上和田方面へしばしば討って出て激しく闘った。
昭和37年6月15日指定
書跡 仮名書阿弥陀経 1巻
阿弥陀経の写本であるが、仮名書のものは珍しい。江戸時代。
昭和35年3月10日指定
岡崎市教育委員会
補足
本堂右前に設置された寺標には、次のとおり彫られている
開基 信願房了海 正嘉二年建之
寂光山 勝蔓寺
永禄六年 三河一向一揆戦陣跡
[注]
正嘉2年は西暦1258年に当たり、この年に現岡崎市赤渋町に三河における真宗最初の道場を建立したとのこと
当寺境内に、「しろはとほいくえん(白鳩保育園)」が置かれ、「豊かな自然と日本文化を大切にする」を掲げ、保育を行っているとのこと、当保育園の通用門には歴史を感じさせる同寺の山門が使われ、保育園関係者以外は立入禁止らしい
参考Webサイト
真宗大谷派 勝蔓寺 公式サイト