新設:2018-07-01
更新:2022-11-13
縁起・沿革
撮影:2018-01-08他
愛宕神社参道
大鳥居(下)・一の鳥居(上)
大鳥居(下)・一の鳥居(上)
両鳥居間の石段が「出世の石段(男坂)」
右の石段が女坂
左石段は男坂(出世の石段)
朱塗りの門
撮影:2018-02-12
社殿
撮影:2018-02-12
三角点
所在地
東京都港区愛宕1-5-3
案内板(抜粋)
愛宕神社御由緒
慶長8年(1603)9月24日建立
主祭神 火産霊命(ほむすびのみこと) (火の神)
罔象女命(みずはのめのみこと) (水の神)
大山祗の命(おおやまづみのみこと) (山の神)
日本武尊(やまとたけるのみこと) (武徳の神)
主祭神 勝軍地蔵菩薩 (勝運・出世)
主祭神 普賢大菩薩(辰・巳年の守り本尊)
天神社(学問)
大 祭 9月23日・24日(出世の石段祭り/隔年)
中 祭 6月23日・24日(千日詣り・ほおづき縁日)
当社は徳川家康公が江戸に幕府を開くにあたり 江戸の防火・防災の守り神として 将軍の命を受け創建されました。幕府の尊崇篤くご社殿を始め仁王門、坂下総門等を寄進され、祭礼等でもその都度下附金の拝領を得ておりました。また、徳川家康公の御持仏「勝軍地蔵菩薩」(行基作)も特別に祀られております。(非公開)
江戸大火災、関東大震災、東京大空襲の度に焼失しましたが 現存のご社殿は昭和33年再建されました。寛永11年3代将軍家光公の御前にて、四国丸亀藩の曲垣九郎盛澄が騎馬にて正面男坂(86段)を駆け上り、お社に国家安寧の祈願をし、その後境内に咲き誇る源平の梅を手折り 将軍に献上した事から日本一の馬術の名人として名を馳せ「出世の石段」の名も全国に広まりました。万延元年には水戸の浪士がご神前にて祈願の後、桜田門へ出向き大老井伊直弼を討ち その目的を果たした世に言う「桜田門外の変」の集合場所でもありました。
海抜26メートルは都内随一の高さを誇り、桜と見晴らしの名所として江戸庶民に愛され 数多くの浮世絵にもその姿を残しています。明治元年には勝海舟が西郷隆盛を誘い山上で江戸市中を見回しながら会談し、江戸城無血開城へと導きました。鉄道唱歌にもその名が残り 春は桜、夏の蝉しぐれ、秋の紅葉、そして冬景色と四季折々の顔を持つ風光明媚な愛宕山として大変貴重な存在となっております。
ほおづき市・羽子板市は浅草の市の先駆け、発祥の地として江戸時代の書「東都歳事記」にもその賑わいは記され 現在は6月の千日詣り、羽子板絵馬にその名残りをとどめています。
伊勢へ七度 熊野へ三度 芝の愛宕へ月まいり
蛇足
愛宕山は、大正14年(1925)7月12日に、NHKがラジオの本放送の電波を初めて発したところであり、現在は「放送博物館」が設置されている
三角点が愛宕神社境内にある
参考Webサイト
愛宕神社
愛宕山|錦絵でたのしむ江戸の名所(国立国会図書館サイト)