新設:2018-07-01
更新:2022-11-13
縁起・沿革
撮影:2018-05-07
境内表入口 (後方は勅額門)
総門 (元長州藩主毛利家江戸屋敷門)
本堂(護摩堂)・第1多宝塔
本堂を囲む石灯籠 (元芝増上寺設置)
名 称
天台宗別格本山 狭山山不動寺 (通称:狭山不動尊)
所在地
埼玉県所沢市上山口2214 (西武鉄道西武球場前駅前 徒歩5分)
開 創
昭和50年4月26日
開 基
鼓義明 (天台宗寛永寺の支援を得て開創)
本 尊
不動明王
京都東本願寺から移築した本堂は平成13年(2001)不審火で焼失
参考Webサイト
狭山不動尊 ウィキペディア
旧台徳院霊廟勅額門
撮影:2018-05-07
旧台徳院霊廟勅額門
勅額
所在地
埼玉県所沢市上山口2213 不動寺境内
案内板
勅額門 (重要文化財)
元、東京芝の徳川家台徳院一品大相国公(2代将軍秀忠公)の御廟に建立されていたものである。
寛永9年(1632) 孝養報恩の志をのべたいと、3代将軍従一位左大臣徳川家光公が着手し、建立したもので、現在国指定の重要文化財となっている。
構造形式 四脚門 銅板葺 切妻造り
昭和50年4月26日
天台宗別格本山 狭山山不動寺
補 足
旧台徳院霊廟の入口に設置の門に掲げられた扁額の「台徳院」は、後水尾天皇の御染筆によるものなので、「勅額門」呼ばれる
参考Webサイト
旧台徳院霊廟勅額門、丁子門及び御成門 所沢市役所サイト
旧台徳院霊廟勅額門、丁子門及び御成門 勅額門 文化遺産オンライン サイト
旧台徳院霊廟御成門
撮影:2018-05-07
旧台徳院霊廟御成門
丸い鏡天井(門の裏側)
所在地
埼玉県所沢市上山口2213 不動寺境内
案内板
御成門 (重要文化財)
元、東京芝の徳川家台徳院(2代将軍秀忠)の御廟に建立されていたものである。
飛天の彫刻や絵画が多く描かれており、朝鮮渡来の天人門といわれている。
寛永9年(1632) 3代将軍従一位左大臣徳川家光公が着手建立し、格天井の中央に丸い鏡天井が設けられ珍しい特徴を伝えている。
現在国指定の重要文化財となっている。
構造形式 単層門 銅瓦葺 切妻造り
昭和50年4月26日
天台宗別格本山 狭山山不動寺
補 足
御成門は、将軍が参詣するときに使われた門
参考Webサイト
旧台徳院霊廟勅額門、丁子門及び御成門 所沢市役所サイト
旧台徳院霊廟勅額門、丁子門及び御成門 御成門 文化遺産オンライン サイト
旧台徳院霊廟丁子門
撮影:2018-05-07
旧台徳院霊廟勅丁子門
所在地
埼玉県所沢市上山口2213 不動寺境内
案内板
丁子門 (重要文化財)
元、東京芝にあった徳川家崇源院霊牌所の通用門として寛永9年(1632) 3代将軍徳川家光公が建立したものである。建築の細部手法、色彩等に江戸初期に見られる特有な階調を示し、唐様な基調としているが、自由な扱いをしているところに特徴がある。現在国指定の重要文化財となっている。
なお、崇源院は2代将軍徳川秀忠夫人・太閤豊臣秀吉の側室淀君の妹にあたる。
構造形式 平唐門 銅板葺
昭和50年4月26日
天台宗別格本山 狭山山不動寺
補 足
丁子門は、旧台徳院霊廟から崇源院霊牌所への通用門であった。崇源院は、2代将軍徳川秀忠公夫人、「お江」の名で知られ、高野山奥の院には1番大きな供養塔がある。
参考Webサイト
旧台徳院霊廟勅額門、丁子門及び御成門 所沢市役所サイト
旧台徳院霊廟勅額門、丁子門及び御成門 丁子門 文化遺産オンライン サイト
旧台徳院霊廟唐金灯籠
撮影:2018-05-07
旧台徳院霊廟唐金灯籠
羅漢堂(唐金灯籠に囲まれている)
所在地
埼玉県所沢市上山口2214 不動寺境内
案内板
唐金灯籠
東京芝徳川家台徳院霊廟に建てられたもので、全国の大名から献納されたものである。
羅漢堂
明治の元勲として有名な故井上馨公が還暦祝賀の際、明治天皇、昭憲皇太后、両陛下の御下賜金を基として、明治28年(1895) 公が内務大臣の時、山県有朋、伊藤博文、大隈重信等の発起で、三井、鴻池、住友、岩崎、その他の財界の名士により、寿像と共に奈良二月堂の経堂を模倣し、名工根本茂樹によって公の屋敷内に建立されたもので、昭和20年4月、戦災で、このお堂だけが残り、当主井上三郎氏が寄贈し、当境内に移築されました。
構造形式 同板葺
天台宗別格本山 狭山山不動寺
補 足
旧東京芝台徳院霊廟にあった唐金灯籠は、羅漢堂を幾重にも囲むように設置されており、設置場所には草が生えるのを防ぐためシートが被せられている。敷地入口には、羅漢堂山門が設置され、中に立ち入ることはできないが、囲いの隙間から写真を撮ることができる。